魂が顔を出す方法

交流行事の四日後に、坂東市の小学校で五年生の家庭科の授業にお話を頼まれていました。これから一人一人長い人生が待っている子供さん達に、本当に生まれてきてよかったと思える人生を歩んでもらいたく、私が選んだのは、「三つ子の魂百まで」と「時は金なり」ではなく自己流の「時は命なり」という二つの諺でした。私の方から三つ子の意味を尋ねたところ、双児に続く三つ子と答えたのには笑ってしまいました。諺の意味を説明し、私にこの諺の深い意味を教えてくれたのは、宮沢賢治でしたと言い、この天とつながっている魂は誰も持っていて、それを大事にして生きていくということは、自分に与えられた時間を命いっぱい燃やして生きることだと伝えました。でも魂は見えないよねというとみんなうなづきました。そこで私は、自分の魂が顔を出す方法を自分なりに探して見つけましたと言うと、聞き耳を立ててくれたので、「それは、社会と自然の両方につながっている道路のゴミ拾いでした」と伝えました。ゴミを拾っていると、自分の中のゴミも拾えて自分の魂が顔を出し、その通りに動いていたらたくさんのものが生まれましたと言って、それを紹介しようとしたら途中で時間がきてしまいました。最後に皆さんには、まだ時間がたくさんあるので、自分の魂と向き合って生きていって欲しいとしめくくったつもりでしたが・・・。

反省としては、ゴミ拾いから生まれたというたくさんのものから一つに絞るべきでした。なぜなら、お米を炊くという体験授業とつなげて、お話を頼まれたので、お米のとぎ汁が環境を汚し悪臭の原因となるので、微生物と合わせて発酵液にすれば、汚染源から浄化源に変わるので実践しようよと。

今回私の方がいい勉強をさせてもらいました。